麻依コトダマ

そのままの自分自身でいること…そんな麻依妓はんの赤裸々ライフブログ

生きにくかった「本当の理由③」とまとめ

 

 


脚が疲れているので

足指の間を広げたり、お香を焚いたり

足踏みで足裏のツボを刺激したり

している😲

 


コンビニにあった冊子の

内容がきっかけで分かったことなんやけど

 


人間関係に

1, 上下関係をつけていた

➡︎相手を上に、自分を下に置いていた

男性が上、女性が下もある

2, 勝ち負けの「競い合い」をしていた

➡︎自分の考えや思いを伝えるつもりが

攻撃的になって「この人に勝ちたい」とか

「誰かを言い負かしたい」になっていた

「男性に負けたくない」もあった

3,優劣が出てきた

「謝ること、頼ること、相談=自分の負け、劣っている」

と感じたり、思い込みもあった

 


きっかけはというと

1と3のケースは

• 大学時代に、その時の同級生に

相談を持ちかけたことをきっかけに

そう思う様になったこと

• 処世術として。

「相手を上に、自分を下に置く」

と嫌われず、謙虚に思われる

 


2のケースは

婚活で男性を嫌いになったこと

自分の思いを伝えるつもりが「攻撃」「中傷」「批判」に変わったり

自分がいかに正しいかという「競争意識」や

「負けたくない」になったりしたこと

 


(自分のことを「素直」で「正直」だ)

と思ってきたけど…

全然そうではないなぁ

可愛くないなぁ

と痛感した

 


でも、そうせざるを得ない(得なかった)

のは

「否定されること」や

「嫌われること」がすごく恐かったから

 


(大したことないのに、エラそうで態度がデカい。生意氣だ。)

と思われたくなかった

 


正直に言うと、今でもそれは恐いけど

これからは

上下や勝ち負け、優劣のない

フラットで

フランクで

風通しの良い

お互いの認めて尊重し合える

対等な人間関係を築いていこうと思ふ

 


幸せに生きる許可を

自分にとっていく

生きにくかった「本当の理由」②

しんどい時はSNSをお休みする

ことにしている

麻依妓はんです😲

 


最近になって

今まで観えてなかった

自分の根っこが次々に出てくる😲

 

 

 

次に出てきたのは

自分の中の「女性」を否定していたこと

 


きっかけは2つ

 


小学校時代の私は成長が早くて

背も高かったんやけど

ちょうど4年生の頃に月経が始まったの

同時にカラダつきも女性らしく

なり始めた(バストが大きくなり始めるとかね)

それを同級生の男子にからかわれたのよ

 


その時に(恥ずかしい…そんな自分は「ダメ」なんだ😱)と思ってしまった😱

 

 

 

中学生の時の体操服で

ブルマを着た時も

「脚が太い」とか

「氣持ちが悪い」とか…

 


この時は丸みのあるカラダつきで

テレビに出ている女優やモデルの

スレンダーな体型に憧れていたこともあって

この時も同じことを思っていたのよ😱

ブラを着けるのもすごく嫌やった

 


オトナになって

何人かの方から

「あなたは自分の女性性を否定している」

「男性性が強い」と

言われたことがあるんよね

 


すごく腹わたが煮え繰り返る思いで

強い不快感と怒り💢を感じた😡

「は?」

「ファッションやオシャレ、メイクにもちゃんと氣を遣ってますけど?」

「心配りもしてますけど?」

「女性らしさも意識してますけど?」

「どうしてそう言われなきゃいけないの?」

って

 


けど

今ならそれがすごく分かるんよね😱

小学4年生や

中学生の時に感じてしまった氣持ちが

まだあるんやなぁって😱

 


婚活をしている時にも

男性と付き合うことや

そういう自分に吐き氣がしたり

氣持ち悪く感じることもあるの

 


再婚を望んでいながら

恋愛や結婚を恐れている自分もいる😱

 


結婚して妻になったら

そして妊娠や出産を経て母になったら

女性として

見てもらえなくなるのが恐い😱

がすごくある

 

 

 

 

 

 

 

生きにくかった「本当の理由」①


先週の火曜日はすごく厄介な日やった

 

どうしてかって?
久し振りに、嫌な言葉を耳にした

んよね😱

「谷村さんのことを、〇〇さん(上司)は〜(ネガティブな内容)と思っているよ」

〜の内容は「言ってもムダやから、もう言わない」ということ

 


上司に相談なく、手順を踏まずに

休暇日数のことで勝手に人事に

コンタクトを取ったことで

「何をしているんだ?上司では話にならないから、人事に電話をしたということになる。私と上司に謝るべきだ」

と私と同じ部署の人からお叱りを受けた

 


私はそんな失礼なことを

したつもりはなかったけど

そう解釈されたのやったら仕方がないと

謝罪をした

 


私にも非はあったと思う

 


そんな状況の中で言われた言葉

やったんやけど

(受け取る必要のないものまで、受け取ってきたんやなぁ)とようやく痛感した😱

生きにくかった本当の理由の1つやと思ふ

 


その背景にあったのは

「良い人に見られたい、嫌われたくない」

「誰からも好かれたい」

「自分のために厳しいことを言ってくれている。ちゃんと聴かないと嫌われる」

があって、見捨てられるのが恐かった

 


「谷村さんのことを、〇〇さんは〜(ネガティブな内容)と思っているよ」

すごく氣分は悪かったし

悲しかったし

やるせなかった

 


今後はこういうことを

真に受けたり、聞き入れるのはやめる

ワタシを振り返る

この35年間

長かったなぁと思ふ😲

 


人生のあらゆる場面で

両親をはじめ

親戚

友達

恩師

等のいろんな人達の助けを借りながら

生きることができた😲

 


何やろう…「ありがとう」の一言

だけでは終わらないものがあるのよ😲

 


決して器用な生き方ではなく

むしろ不器用な生き方をしてきた

素直になれないことも多かった😱

 


自分に合わないことをやったり

無理をしたり

他の誰かになろうとしたり…

時には自作自演で

自分で自分を不幸せにしたこともあったし

同様に責めたり否定してきたこともあったし

 


ようやく今

それが腑に落ちて分かることができた

 


これからどう生きたいのか

どうしたいのか

まだ言葉にうまく表せないけど

朧げながらもイメージで観えてきてる

言葉が出てきた時に

改めて投稿しよう

 


明日から新しい自分が始まる

 

「恋愛なんて糞だ☹️」からの脱却

離婚してから

「何が恋愛だ、婚活だ、結婚だ…くだらない😤

恋愛なんて糞だ☹️」

「恋愛や結婚に興味はない」と

前向きになれず、拗ねていた時期があった😖

 

ようやく少しずつ、前に歩みを進めている

中で別の「癒しポイント」と出くわす😲

それが「恋愛や結婚のこと」やったの❗️

 

私は

「恋愛をしてはいけない」

「女性は自分から好きな男性に告白をしてはいけない」

「恋愛と結婚は違う。好きだけでは結婚できない。愛だけで食べていけるなら苦労するか☠️」

ずっとそう思ってきた😱

恋愛で脳内はお花畑で、「あなたが好きよ」と追いかける恋愛をしている女性をバカにしてきた。(そうしないとモテへんし、相手にされへんからやろ😈)と。

 

この背景には苦い過去がある。

私もかつては好きな人を追いかけていた。追いかける恋愛をしていたある日、罵倒されたことがある。

断りを受けたにも関わらず

自分勝手に追いかけたせいで無視をされたこともあるけれど(これは反省しよう)

 

そんな自分が情けなく惨めでならなかった。

「すごく傷ついた」なんていう次元ではなく

消えてしまいたいとまで思った

 

「自分から好きになったら嫌われる」

ができてしまった

 

そんな感情を感じない様に

傷つくことや

愛することや愛されることが恐くなり

恋愛している自分を抑えて生きる様になって

今に至る

 

「前の結婚で元夫に舞い上がってたもんなぁ」

と母から言われた時も

そんな自分を認めたくなかったから

「違う」と必死に否定してた😱

 

離婚した理由は

性生活がなかったからやと何度か

書いているけど

演技ではなく心身ともに「氣持ちが良い」

と感じられるセックスをしたかったのも

あるのよ😭

 

だけど、このまま一生を終えるのは

すごく私は嫌だ

 

これからは

人を好きになる自分自身を

大切にしていこうと思ふ

 

 

 

 

 

臆病なワタシ…そして「開く」

あと6日間で36歳になる

麻依妓はんです😲

 

今まで35年間、よく生きてきたと思ふ

違う…「生かされた」のかも

知れん😲

そう考えると「ありがとう」の一言だけでは

表現できない感慨深いものを感じる

 

あぁ、すごく恐かったんやなぁ…

「自分の氣持ちを伝えると否定される、非難される」とずっと思ってきた

きっかけは2つあって

❶嫌がらせを受けて帰宅して母に打ち明けた時に「やり返して来い😡」と怒られたこと

➡︎傷ついた自分自身を受け止めてもらえないことにすごくショックだった😱

❷小学校時代の終礼で「自分が困っていること」を話す機会があって、自分が話をしたら聴いてもらえなかったり非難されたこと

 

その時に感じた

自分の氣持ちを受け入れてもらえない「寂しさ」や、否定や非難される「恐れ」から

「自分の氣持ちを伝えると否定される、非難される」という前提ができたのやと思ふ💡

 

それ以来、これまでずっと

「自分自身を抑えて」生きてきた

確かに、表面的な諍いは少なかったけど

「寂しさ」や「恐れ」は癒えずに

ココロの奥底に残ったままやった

 

自分自身を守るためでもあった

この言葉を書いた瞬間

「自分の周りは敵だ、心を許せない」という

前提もあったと分かる😱

 

「調和」「協調性」「丸く収める」

という言葉が大嫌いで受け入れられず

やったんやけど

「自分を抑える」がデフォルトに

前提としてあったんやなぁー

 

自分が感じた氣持ちや感情を

自分自身でちゃんと受け入れること

またひとつ、「言えた」し「癒えた」

 

 

 

 

 

浄化、またひとつ

書くなら今やーと書いてみる

 

FBでお世話になっている方の

アドバイスを頂いたことをきっかけに

すごく衝撃的な根っこに

行き着いたんよ‼️

 

 

 

それは何かというとね…

 

 

 

「幸せになって良いんだ」と

自分に許可できてへんかった😱

(幸せになってはいけない)とずっと思ってきた

んよね😱

 


きっかけは中3〜高1の頃ぐらいやったかなぁ

母親に「家が経済的にしんどい時に、何を自分だけ好きな物を買って楽しんでんねん😡」

と怒られたことやった

これがずっと心の中で引っかかってた

「自分だけ楽しんではいけない、幸せになってはいけない」ができたのは

恐らくこの時やったんちゃうかな

 

その時の私に悪氣は全然なかったんやけど

すごくショックやった

• 経済的に家がしんどい時に、のうのうと贅沢をしている自分は罪だという「罪悪感」

• 周りに合わせて振る舞わないと「怒られる」

そうしないと孤立するという「恐れ」「寂しさ」

 

だから今も、物1つ買うのでも敏感になり

親の顔色を窺ってしまうことがたまにある

 

 

 

 

そして更に…

 

 

 

 

「自分が幸せになれないのは母親のせいだ」があったことに「氣づいてしまった」😱

人のせいにするってすごくドス黒いけど

悲しさも滲む

 

 

 

 


自分の幸せと密接に関わることで

「自分を大切にすること」を

5年近くやっている

• 好きでやりたいことをやる

• 寝たい分だけ寝て、食べたい物を食べたい分だけ食べる

• 好きな自分も嫌な自分も受け入れる

• 言いたいことを伝える

等、いろんなカタチから

自分自身と向き合ってきた

最終的なゴールは

自分も相手も大切にするために


なのに

• 自分で自分を責める

• 自己卑下

の方向に、知らずのうちに入って

自分を大切にできなくなってる

親からの指摘にハッと氣づいて

再び大切にしていくの

繰り返し


(自分を大切にしてるんやけどなぁ…

何で繰り返しばかりでうまくいかないんやろう

一体何が「違う」のかなぁ?いつまで続くのかなぁ?)

(自分を大切にするって何?)

(自分を癒やすって何をどうしたら良いの?)

氣が遠くなったり

そうすることで却って

疲れや不安が増えて

生きにくさや満たされない感を感じてしまう

 

そんな中で

行き着いたことやったの

 

当時の母の言葉

「家が経済的にしんどい時に、何を自分だけ好きな物を買って楽しんでんねん😡」

いつまでもそれを握りしめる必要はない

その感情は私のものじゃないよなぁ❗️

だから「罪悪感」なんて捨てて

幸せになって良い

心の声が聴こえてきた